世界

旅に出ることが大好き 心疾患持ち看護師

忘却の彼方

 

 

 

自分のこと、昔から、

頭の容量があまりないなあ。

バカなんだろうなあ。

と思っていたし、

小学生の頃から忘れ物とか、

本当によくして、

どうにも必要なものは

公衆電話から電話かけて

なんとか母に届けてもらったりしてたなあ。

とぼけてるなあ〜忘れっぽいなあ〜

とずっと思っていたんだけど、

20歳過ぎてからだろうか、、

いや、四半世紀過ぎてからかな、、

特に、ひどくなってて😂笑

1度に数個言われたことは

絶対に覚えていられないし、

(もはや諦め気味)

すっごく嫌だなって思ったことも、

すっごく良いと思ったことも、

どんどん忘れていく。

モノは毎日のようになくす。

ちなみに今日は、

仕事用のペンケースを失くしました。

年末はA4サイズのファイルを失くしました。

あんな大きなもの、どうやって失くすの?

と思うのですが、ないのです。

結局、ペンケースは

レントゲンプロテクターの

マジックテープにくっついてたのを

見つけてくれた人がいて🤣爆笑

これは私じゃなくても探せなかったと思う。笑

A4ファイルは適当に置いたテーブルの上に、

モノが置かれ埋まっているところを

誰かが見つけてくれました😂

なくすし、自分で探せない

自分のやることが、

いちばん信用できない 笑

手術室の看護師さんっていう仕事は、

ガーゼとか針とか器械とか、

患者さんの体内に残ったら困るから、

外回り(麻酔中の患者さん全体を看る人)

器械出し(手術に必要な器械の管理する人)

それぞれで清潔側(器械出し)と

不潔側(外回り)で数があってるか

確認するのだけど、

数えるのが自分しかいないという怖さ。

よく、ない・ない騒いで数えなおして

ごめんなさいありました!ってやってる。←

あと、医師の手を止めない(手術の流れを止めない)

ためには、準備物がとても大事で。

物を取りに行っていたら、時間がかかる=

手術がとまる=麻酔時間が長くなる

=手術侵襲が大きくなる

から、前日に何度も何度も確認。

でも自分が一番信用できないから

人にみてもらうこともしばしば。笑

 

あとは、学生時代の頃の記憶とか、

断片的には覚えていることもあるけど、

全く忘れていることの方が多いかもしれない。

大事な人との記憶も、

「どこそこ行ったときにさあ、」

(そこ行ったんだっけ?)

「あのときこう言ってたじゃん、」

(へえ、私そんなこと言ったんだ〜)

みたいな、、書いてみるとひどい、、笑

私の周りの人は、

そういう、昔のことをよく覚えててくれて

もしくは私が忘れすぎなのか、

嬉しい反面、申し訳なさでいっぱい 笑

 

前置きが長すぎた。本題。 

 

先日、半年ぶり通院だったのですが、

受診の1週間前にものすごくひどい期外収縮

起きた瞬間から始まり

起きている間は自覚し続けて

すごく不快で疲れて体調不良だった。

なのに、前日にピタっと止まって

案の定、心電図には全く出ず。

というかその日はとても調子よくて、

なんか気になることある?って言われても

んー大丈夫です。って答えてた。笑

1週間前までは絶対次の受診で訴えて

何かしらの治療ができないものか相談しよう!

って心に誓ってたのに。

本当に、もういい加減にしてくれ

っていうぐらい困ってたのにね。

もう、その感覚忘れてる。

3年前の手術の大変さも忘れかけている。

大変だったなあっていう、

大枠になりかけている。

喉元過ぎれば熱さを忘れるっていうやつ?

こんなかんじの記事、前書いたかなあ。

それも、忘れてる。笑

でもこの性格じゃなきゃ、物心ついてから

手術を3回(そして多分4回目も)

受けるってなかなか辛いことだと思う。

そういう意味ではこの性格はありがたい。 

 

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21_21DESIGN SHIGHT

結構いつも面白い企画展やっていて、

先日はデザインの原画展行きました。

ヘルプマーク私は持ってませんけど

その原画とか、

体温計とかイスとか食品のロゴとか

日常目にするプロダクトは

こうやって生まれてるんだなあ

って、面白かったです。

今は、コロナのせいで美術館は休館ですが、

人気で5月まで企画延長されているようで、

機会があればもう1回行こうかなあ😸

同じ日に行った、ミナペルホネン展も

とってもよかった。

 

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tambourine柄のものが特にかわいくて

このランプや、お皿や、ワンピース

全部欲しくなる😊

 

たまには、忘れないように記録。

 

 

キャパシティ

 

 

 

この人本当に私と同じ生き物なのか?

というぐらいタフな人っていますよね。

(特に、医師に多い気がしますが、、)

そういう人って、色んなものの

キャパシティが広い気が。

 

キャパシティ。

わたし本当に、色んなことで狭い。

まず体重は基本の線があり、

そこをプラスマイナス3キロ変動すると

ちょっと調子が悪い。

器械出しは緊張するとめまいがするし、

仕事終わった後から期外収縮

毎日お昼ごはん食べた後にお腹を下す。

ていうか毎食後、動悸。

自律神経失調症だろうけど

病院行くほどじゃないし、行ってもね。

何年前だったか、ものすごく忙しかったとき、

前触れもなく血尿が出たこともあった。

今年の夏にも

ものすごく忙しかったとき、

右手右足が痺れた。

絶対TIAだったと思うんだけど、

症状がそれだけだったし

5分以内には治ったから特に何もせず。

2週間後くらいに診察だったから

一応、主治医に言ってみたけど

まあ、、続くようならMRI撮る?

みたいな感じで終了。

いや、これ放置してよかったのかなあって

未だに若干心配なんだけど😂笑

3か月以内に脳梗塞リスク高

とか書いてあるし、、でも逆に、

3か月経ったからもう良い?みたいな 笑

ちなみに血尿は膀胱炎と言われ

抗生剤飲んだら治った。

膀胱炎と言われても血尿以外に全く

症状なかったんだけどねえ。

1年くらい前、ものすごく忙しかったとき

突然BNP上がったこともあったっけ。

 

どれも、通常営業になればおさまる症状で、

だから何ってこともないんだけど。

つまり何が言いたいかっていうと、

忙しさが365日続く仕事は

わたしには耐えられないらしい。

 

一方で、ドキュメンタリーとかで

すごいがんばっているひととか見ると、

私こんなんじゃだめだよなって思う。

もともと自己肯定感は低いのだけど。

体力の問題だけではなくて、今まで

人生の中で、何かのために、誰かのために

本気で情熱を注いだことって、

ないんじゃないかな。

あのときがんばってたなあとかっていう、

そういうのが、いつもない気がするの。

学生時代から、

スポーツでも音楽でもなんでも良い、

本気で打ち込めることがあれば

すごい支えになるんだろうなあ

って思ってたし、今もそう思う。

私はそういうのがなくて。

看護学生のときの実習は、

それなりには大変だったけれど

本気でがんばったことか?

って言われたら違う。

昨日アナザースカイで

前田さんの放送回をみて、

そのエネルギーの高さに驚かされて、

同時に、良い意味で、

自分はまだまだだなって思って。

みんないつか死ぬわけだけど、

そのときに私は絶対に、自分に

満足のいく人生だったか?って

問いかけると思う。

この自己肯定感の低い私が

これだけちゃんとやってきた、大満足だって

誇れるようになっていたい。

彼氏が、自分の仕事をあまり

理解してくれてないように思って、

それがなんかすごく嫌だったんですが

そんなことよりも、

自分がどうありたいかっていうことが

一番大事じゃんって思って。

周りに認めてもらうために

やるわけじゃないじゃん。

当たり前のことなんだけどね。

自分がこうありたいって思って、

続けてさえいれば、

いつかなれるかもしれない。

私は人の何倍も時間がかかるから

たどり着くまでには時間がかかるだろうけど。

前田さんみたいに短期間で成果をなんて

そんなカッコいいことはできないから

結局、時間がかかりすぎて

たどり着けないかもしれないけど。

でも、それはそれで

がんばったって言える気がする。

がんばってたって言うものがないなら

今がそれをつくるチャンスだと思うんだよね。

(口では辞めたい言ってるけど 笑)

周りに迷惑しかかけないような状況に

なるなら挫折しても良いけど、

そうじゃないなら図々しく続けよう。

結局全部、自分のためだけど。😂

プロセスはどうでも良い、結果が全てだって

そういう世界もあるだろうけど

私はそれを全肯定できない。

勝つ人がいるなら負ける人がいるんだもん。

みんながハッピーって言うのは

なかなかに難しいと思う。

もちろん目指したいけどね。

 

 

 

どれが正しいとか

 

 

 

いつか書いてそのままにしていた記事です。

 

 

 

ちょっと古いのですが、

「世界一キライなあなたに」
という映画を観ました。
観終わった後、こんなにも
複雑な感情を持ったのは初めてでした。

以下、話のあらすじを書きます。


上流家庭でお金には不自由なく、
仕事もバリバリこなしていた20代に
交通事故に遭った主人公は、
首から下の神経を一切失い
介助のもと、電動車いすで生活しています。

彼は2年悩んだ末、自分の人生を
自分の意思で終わらせる決断をしました。
彼は自分の手足を使って
人生を終わらせることは不可能なので、
ディグニタスという団体に依頼します。
そしてそのことは、
彼を愛する両親や主人公の女性に知らされ、
彼の考えをどうにか変えてもらおうと
色々な手を尽くします。

けれど彼の意思は固く、

その団体の助けを借りて
あるホテルの一室で最期を迎えました。

私は、彼の選択には、
泣いて止めたくなるのと同時に、
それが彼の選んだ答えなら、何も言えない。
彼の苦しみは、彼にしかわからない。
とも思います。

そんなことを考えていたとき、

安楽死が合法化されているベルギーで、

9歳、11歳、17歳の子どもが

安楽死を受けていた

というニュースを見ました。

死に近づく痛みって、想像もできないけれど

自分を保つことも難しいぐらい

辛いものだろうということはわかる。

子どもとは言え、9歳、11歳ともなると

自分の意思を伝えることができます。

病と真剣に向き合ってきた彼らは、

最期に自分がどうありたいか、

考えての結論なんだろうな。

自分の大切な人には生きていてほしいけど、

その大切な人が選んだ選択を認めたいし

苦しみから解放されるのなら、

現代の医療技術では治せなくて

本当に辛い思いをしている人に、

尊厳死の選択肢を提示をするのは、

私は良いと思う。

 

話は全然違うけれど、自殺についても、

昔はどんな理由があっても

自ら死ぬのは絶対にダメだって、

生きたくても生きられない人がいるんだから

って思っていたけど、

いや、基本的にはそう思っているけど、

絶対にダメだなんて、

誰にも言えないんじゃないかと思う。

死ぬことって想像するだけで怖いし、

本当に本当に死を望んで死ぬ人なんて

いるわけなくて。

それでも死を選ぶというのは

その人にとってそれだけの理由があって、

怖さを超えても生きていたくない

ってことなんだろうなって思う。

 

でも私は、今のところ、

自分に抗えないところまでは、

生きていきたいと思う。

 

 

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すてきなひとりぼっち

 

 

ひとりで旅に出る感情というのは、

なんか特別です。

期待と、不安と。

 

谷川俊太郎の詩に、

すてきなひとりぼっち

っていう詩があります。

少し抜粋。

 

だれも知らない道を通って

だれも知らない荒野にくれば

太陽だけが僕の友達

そうだ俺には俺しかいない

俺はすてきなひとりぼっち

 

谷川俊太郎の詩といえば、

国語の教科書に載っていた

カムチャッカの若者が、、から始まる

朝のリレーが大好きです。

当たり前みたいになってしまっているけど、

世界ってそうやって回っていくのかと

感動したことを覚えています。

 

朝のリレーをもう一度読みたくて、

本屋で立ち読みしていたとき

この詩を知って、大好きになりました。

 

去年の7月頃、4日の休みで

フライト時間片道約14時間の

プリンスエドワード島に行きました。

(赤毛のアンの舞台)

小学生の頃、アンみたいな

想像力豊かで夢を持った人に憧れて、

PEIの美しい自然を想像して、

アンが描く空想の世界に

惹かれたことを覚えてる。

 


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アンが見た景色を、いつか

私も見てみたいって思った。

 


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アンの家(とても混んでた😂)、

 


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アンのお部屋、

 


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恋人の小径

 


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お化けの森(奥までは時間なくて行けず)

 

 

 

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ケンジントン駅(ブライトリバー駅のモデル)

 

 

たくさんの青と、緑と、

PEIの柔らかい赤土。

 


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どこまでも広大で、

 


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素敵な島でした。

 


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冬はマイナス30度にまで下がる島。

島の人にとって、気候の良い夏は

とても大事な季節なんだって。

だから、仕事もそこそこに、

家族と過ごす時間を

大切にする人が多いそう。

普段は都会に住みながら、夏だけ

PEIに暮らしたりする家族もいるみたい。

現地ツアーやってくれた彼女は、

高校卒業してすぐ、PEIの大学に入学して

こういうアルバイトしながら観光業を学び

大学でもそういう勉強してるんだって。

夢を叶えるためにがんばっている人って

キラキラしていて応援したくなるなあ

 

感動は誰かと共有した方が楽しいけど。

色んな人がいて、色んな生き方があっていい。

そのことに1番気付かされて、

刺激があるのは、1人旅だと思うし

ひとりぼっちも素敵だって、

やっぱりそう思う。

 

 

 

1UP

 

 

 

あっという間に術後2年経ちました。

いまは、全く言うことなしですね。

抗血小板薬💊をやめて、

特に変わりはないので

通院は次回から半年後になりました。

何だかんだ時間もお金もかかるし

わーいって感じです。

治してくれてありがとうございます。

 

突然の部署異動になり、

1月という中途半端な時期から

手術室に配属され3ヶ月経つところです。

また、そのタイミングで

1人暮らしすることを思い立って

引っ越しのためにバタバタと年末を過ごし

年始からも新しい場所で

右も左もわからない状態でも

まあ、なんとか日々を過ごしています。

こんな変な時期に異動したのは私だけなので、

大変でしょ?って結構言って頂くのですが、、

意外と、同期みたいな存在がないことが

気楽だったりしています。

比べようがないので焦らないっていうか。

(いいのか悪いのか。笑)

基本は夜勤がない部署なので、

とても人間らしい生活を送っていて

驚くぐらいちゃんとした生活リズムで

朝食が楽しみという人間になれました。

 

勉強しなければならないことが

たくさんあるのですが、

ちょっと気になって読んだ症状のこと。

私が術後に苦しんだ悪心・嘔吐は

PONVというものだったみたいです。

 

①女性

②非喫煙

③乗り物酔いしやすいまたは過去PONV既往

④術後麻薬を使用する

 

のうち、2つ以上条件を満たす人が

PONVの予防治療を行うべき

とされているようで、、

上記リスク因子に加えて若年、偏頭痛持ち

なども発症しやすいようです。(まさに、私。)

揮発性麻酔薬を使用することや全身麻酔使用、

術後にもオピオイドを使用すること、

腹腔鏡手術、胆摘、婦人科手術

などが原因となるようです。残念なことに、

予防したから症状が絶対に出ない

とも限らないみたいですが。

あのときに予防薬をなにか

投与していてくれたのかはわかりませんが、

(たぶんしてないであろう😅笑)

チェック項目全て当てはまるので

次は絶っっ対に、強力に

対策を講じてもらおうと心に誓いました。

本当に、悪心さえなければ

もうちょっと楽だったと思うので、、

人間、何でも、経験って大切ですね。

経験すれば反省を生かして次へって

サイクルができますからね。

 

そういえば知人が私と同じ病気で

手術をするようなのですが、

低侵襲心臓手術という方法でやるそうです。

私は初めて手術を受けたときはこどもで、

正中切開以外に選択権もなかったし、

70年くらい前に生まれていたら

手術という選択すら与えられず

遅かれ早かれ存在しなかったかもしれないし、

いまこんなに元気なんだから

それ以外何を望むんだって思う反面、

そういう治療方法があると聞くと

正直羨ましいなあ〜と、少しは思う。

だってやっぱり傷のない皮膚で

色んな服着たかったし。

でも、そもそも病気じゃなかったら

もっとどうしようもない人間だったはずだし

看護師になってなかったはずだし、、

と、いつもお決まりのループに入ると、

これでよかったんだと思う。

というか、ほかの道は歩めなかったんだし

自分で納得していくしかないんだよね。

欲ばかりで嫌気が差すこともあるけれど、

仕方ないね、人間だもん。

とりあえずは、この調子で風邪もひかずに

健康に過ごしていけますように。がんばろ。

 

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はるちゃんのこと

 

 

私が初めて、

担当した子で亡くなったのは

500グラムにも満たない

小さな赤ちゃんでした。

小さな体でお腹の手術をがんばったけれど

待っても待ってもおしっこが出ずに、

浮腫んでいく一方でした。

一縷の望みをかけて行った治療も効かず

あとは、はるちゃんの生命力を見守ろう

ということになりました。

 

ママは、本当に強い方で

この子の前では泣かないって決めたから、

って、いつもはるちゃんに笑顔を向けて

自分には何ができるかなって

面会中はずっと、気丈にしていました。

 

はるちゃんはとっても小さいけど、

表情豊かな子でした。

気分が良いときの顔、嫌なときの顔

はっきりわかる子でした。

小さな目で、キョロキョロ

周りを見てくれたこともありました。

でも、だんだん、浮腫みで

目も開けられなくなり、

表情も読めなくなっていきました。

それでも、ママもパパも

はるちゃんの表情とか動きとか、

すごくよく見てくれていて

はるちゃんが亡くなる1日前、ママが

「昨日面会のとき目を開けたんです!」って

私に写真を見せてくれました。

浮腫みでどこまでが本当の輪郭か

わからなくなっていて、瞼にだって

スペースは少しもできないはずなのに。

そこには確かに、少しだけ

目を開けたはるちゃんがいました。

しんどい中、体が重い中、

ママやパパの顔を見ようと、

もう1度目を開けてくれたんですね。

 

私も、はるちゃんの前では

なるべく笑顔でいたいって思って

病院では我慢していましたが、

家に帰って、涙が止まりませんでした。

 

一瞬の世界じゃなくてこれから

たくさんの人、色んなことに出会うはずで、

小さく生まれて、これから大変なことも
たくさんあるだろうけど、

優しくて強いママとパパに

大切に大切に育ててもらえたはずなのに。

 

積極的に治療しない、ということで、

点滴をただの水に変えても

それでも3日もがんばってくれました。

最期は、ママの腕に抱かれて亡くなりました。

 

はるちゃんはご両親によく似て

本当に強い子でした。

毎日、はるちゃんもご両親も、

がんばりすぎるぐらい

がんばってくれていました。

正直、はるちゃんを受け持つのは

病態に関しても、看護も私には力足らずで

先輩に聞きながら、毎日、

こなすだけでも必死で。

毎日悲しくて、苦しくて、でも

かわいいかわいいはるちゃんに

会えることは嬉しくて。

はるちゃんの強さに励ましてもらって。

はるちゃんとご両親の強さには、本当に

たくさん学ばせてもらいました。

はるちゃんが生きた、濃い1ヶ月間を

私は一生忘れません。

でももらってばかりの私にできたことは、

何かあったのだろうか、、

という思いは残りました。

 

その後、再びご両親に

お会いする機会があり、

そのときの気持ちをお話ししてくれました。

 

「出産も、産後もバタバタして

とにかく毎日必死だった。

亡くなったのは悲しかったけれど、

なんていうのかな、、

それだけではなかった。」

と、穏やかな顔で仰っていました。

 

そして、はるちゃんが亡くなってから

ずっと行きたいと思っていた、

ペリネイタルロスの勉強会に参加しました。

どちらかというと、産科のスタッフに

向けたものだったけれど

参加してよかったと思いました。

 

how toはたくさんあるけれど、前提には

子供を大切にする気持ちが1番大切。

ということが、改めて確認できた。

あのとき私にできたことなんて、

何もないんじゃないか?と思っていたけど、

ご両親の次にはるちゃんのことを考えて

ご両親のそばにいて、

はるちゃんのかわいさを知っているのは

間違いなく自分だと言えるし、

はるちゃんのことを、

たくさんのスタッフが考えてくれたから

ご両親が、悲しいだけではないお別れだった

って、感じたのだと思う。

言葉かけや、目に見えるケアを

提供することだけが看護ではない

って、強く思いました。

 

看護師として働く以上、これからも、

想像を絶するような状況の

患者さんやご家族にお会いすることも

あるのだと思います。

無力だと感じることもあると思う。

でも、無力を積み重ねていったら

きっと倒れてしまうから、

自分を認めることも

何なら仕事のひとつとして

考えていったほうがいいよな、、

と、ぼんやり思っています。

 

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その理由

 

 

 

前回記事の続き。

つい最近まで、3か月くらい

本当に本当に仕事が忙しかったです。

もう、目まぐるし過ぎてよく覚えてない。

過去イチに忙しかった。

BNP180に相当するぐらいの、

初期の心不全症状は感じていました。

心不全チック。心不全もどき。

先週診てくれた先生に、

念のため来週主治医を受診した方が、、

って言われたので、なんとか

勤務調整して行ってきました。

でも、そのときにはもう

普段の仕事量に戻っていて、

意識的に省エネモードに切り替えたので、

心不全チックな症状達は消え去り

体もラクで、やはりBNPも普段通りに。

もちろん心電図レントゲンも問題ナシ。

先生は

1点だけじゃ判断できない

と言ったけど、

ワンポイントでも上がった理由は、

やはり過労だと思う。

 

でも、自分は今、一番弁の状態は良いし

心機能だって、元気な人並みにある。

そういう人でもこうなるのかと

かなり驚きました。

過労死っていうのは、

こうやって過労が積み重なって

心不全から多臓器不全になるんだろう

と思いました。

 

ただ、同じように働いても、

大丈夫な人もいるわけで。

つまり、こういうところが

体力がないというのかな。

 

いずれにせよ、

過労は体に悪いということを

身を持って知りました。

長く仕事やっていけるように、

労らないとなー。

休む日は、必ず作らなくちゃ。

 

 

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